水素環境下において水素耐性と強度を両立できる、ステンレス鍛造のメリットとは?
Contents
ステンレスは、耐食性に優れており、錆びにくく丈夫な金属素材です。そして、ステンレスを鍛造すると、強度や耐久性などが向上します。つまり、ステンレス鍛造は、高い強度を持つ部品を製造するために必要不可欠な工程と言えます。
1. ステンレス鍛造のメリットは?
ステンレス鍛造のメリットは、具体的には以下の通りです。
(1)ステンレス鍛造のメリット1-強度や耐久性の向上
ステンレス鋼を鍛造すると、金属内部の①結晶構造が締められ、②強度や耐久性を向上させることが可能です。これにより、圧力や衝撃に対する抵抗力が増し、過酷な使用環境下でも長期間使用できる製品が製造できます。
(2)ステンレス鍛造のメリット2-精密な形状の実現
鍛造では、金属を高温で加熱しながらハンマー等で叩いて目的の形状に整えます。これにより、製品の寸法精度が高まり、特に型鍛造では、微細な形状や複雑なデザインも可能になります。
鍛造されたステンレスは、その優れた耐食性と高い強度から、自動車部品、航空機部品、医療器具、食品加工設備、アウトドア用品(ナイフや登山器具など)、建築の接合部品など、耐久性と強度が求められる多くの場面で広く使用されています。
ステンレス鋼の特徴についてはこちらのページもご参照ください → ステンレス鋼の特徴が知りたい
このように、ステンレス鍛造品は、優れた耐食性と耐久性、高い強度が大きな特徴です。ただし、一定環境下では、ステンレスは弱点があることも知られています。それはステンレスが水素に接したときです。
2.「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」における「水素分野」の内容は
「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」は、日本政府が策定した経済・環境両立のための戦略です。2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目指しています。
経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」 → こちらをご参照ください
この戦略の目的は、気候変動対策と経済成長の両立を図ることで、日本が環境問題に貢献しながら産業競争力を強化し、持続可能な社会と経済を実現することです。
この戦略では、「成長が期待される分野」として、14の分野を上げています。その一つが「水素分野」です。具体的には以下などが目標として掲げられています。
・水素発電タービンの早期実機実証と商用化
・定置用燃料電池の研究開発
・FCトラックの実証と商用化
・水素輸送・貯蔵技術の早期商用化
・水素輸送関連機器の国際標準化
・水電解装置の導入拡大
この水素環境下で、ステンレスが弱点を抱えていることは先述の通りです。これを水素脆性(すいそぜいせい)と言います。
3.水素脆性(すいそぜいせい)とは?
通常は強くてしなやかな金属でも、内部に水素が入り込むと、金属の中の結晶構造が壊れやすくなり、ひび割れが発生することがあります。これが水素脆性です。(水素脆化とも言います)
つまり、水素脆性とは、金属が水素を吸収することで、もろくなり割れやすくなる現象のことです。
ステンレス鋼も水素が接触したときに、微小な水素分子が鋼材内部に侵入することがあります。水素が金属内の微細なすき間や結晶粒界に入り込むと、材料の内側から強度が低下することになります。
特に、応力がかかるときや金属に亀裂がある場合、脆性(もろさ)が増し、ひび割れや破断のリスクが高まります。水素脆性によるステンレス鋼の悪影響には、以下のようなものがあります。
影響 | 説明 |
強度の低下 |
水素の侵入で金属内部に亀裂が生じやすくなり、荷重がかかると破断しやすくなる。 |
耐久性の低下 | 水素環境下での使用は、金属の疲労寿命を短縮することがある。特に繰り返し応力がかかる部材では注意を必要とする。 |
したがって、水素環境でステンレスを使用する際には、何らかの対策が必要となります。その一つが水素耐性の高いステンレス鋼を選択することです。
4.ステンレス鋼の種類と水素への耐性
ステンレス鋼にはさまざまな種類があり、水素に対する耐性も異なります。以下に代表的な種類を挙げます。
ステンレス鋼の種類 | 水素に対する耐性 |
オーステナイト系ステンレス鋼 (例:SUS304、SUS316) |
比較的水素脆性に対する耐性が高いとされている。内部に水素が侵入しにくく、水素環境下でも比較的安定性を保ちやすい特徴がある。 |
フェライト系ステンレス鋼
|
オーステナイト系よりも水素脆化の影響を受けやすい傾向にある。 |
マルテンサイト系ステンレス鋼 |
水素脆化の影響を特に受けやすく、高強度な環境下では注意を必要とする。 |
5.オーステナイト系ステンレス鋼の特性は?
前述の通り、オーステナイト系ステンレス鋼は他のステンレス鋼と比べて水素脆性に対する耐性が高く、耐食性と耐久性、そして強度の維持が可能な金属です。
この特性により、自動車やエネルギー分野、特に水素を扱う設備や配管など、信頼性が要求される用途において、オーステナイト系ステンレス鋼は欠かせない素材となっています。しかし、近年、水素ステーション等で求められる高圧環境下では、オーステナイト系ステンレス鋼の強度では不十分である場合があります。
川上鉄工所では、オーステナイト系ステンレス鋼の特性を最大限に引き出すために、TMCP(Thermo-Mechanical Control Process)を用いた鍛造プロセスを提案できます。このプロセスにより、鍛造製品における均一で微細な組織を実現し、耐食性と強度を向上させることが可能です。
TMCPについてはこちらのページもご参照ください → 鍛造とは?圧延とは?それぞれの利点と欠点は?TMCPとは?
また、厳格な品質管理と精密な温度制御によって、製品の性能を安定して提供し、水素環境下でも優れた耐久性を確保しています。
6.ステンレス鍛造の工程
ステンレス鍛造では、大きな荷重と精密な温度管理が必要です。一般的な工程は以下の通りです。
(1) 素材の選定と加熱
ステンレス素材を厳選し、再結晶温度以上に加熱します。川上鉄工所は熱間型鍛造メーカーですので、加熱した材料の精密な温度管理を行い、鍛造を実施し、均一で高品質な製品を確保しています。
特にオーステナイト系ステンレス鋼の鍛造では、最適な加熱温度(1150~1210℃)を選定し鍛造しますが、鍛造加工による加工昇温も考慮する必要があります。また、製品によっては鍛造終了時の温度も考慮する必要があります。930℃以下で鍛造すると、赤熱脆性温度(鋼材が高温で加熱された際に脆くなる現象)に近づくため避けるべきとされています(出典:鍛造技術講座(製造技術編)
(2) 鍛造
加熱した素材に圧力を加えて成形します。ステンレス鋼は鉄よりも硬く、塑性加工に大きな荷重とシビアな温度管理が必要になります。金型の摩耗も激しいため、品質の確保には金型の設計やメンテナンス(型修正)が重要になります。
熱間鍛造を行う場合、材料の加熱温度、鍛造開始温度、鍛造終了温度、及び加工率は、材料の組成に応じて最適な条件を選択する必要があります。一般的には、加熱温度が低くなるほど、鍛造温度が低くなるほど、加工率が高くなるほど、強度UPに必要な結晶粒の微細化を実現することができます。
一方、600℃から800℃付近では炭素とCrは結合してクロム炭化物を生成しやすく、粒界腐食の要因となり耐食性が著しく低下します。この為にステンレス鋼の鍛造では、シビアな温度管理が必要になります。
(3) 固溶化熱処理(こようかねつしょり)
鍛造後、素材の特性を安定させるために固溶化熱処理を行います。
オーステナイト系ステンレス鋼の熱間鍛造では、微量に存在する炭素によってCr炭化物(クロムたんかぶつ)が析出する場合があるため、Cr炭化物を固溶させ耐食性を増大させるために、固溶化熱処理を行います。
固溶熱処理の温度は再結晶温度よりも高いため、熱間加工工程において残留する歪により再結晶が起こります。固溶化熱処理の前に十分に歪が残留するようにしないと、組織が粗大化してしまい、強度と靭性がともに優れた均一微細組織を得ることができなくなるため注意が必要です。
固溶化熱処理は、析出硬化系ステンレスの前処理としても実施される事があり、これをS処理と呼びます。
水素は燃料電池や水素自動車などの次世代エネルギーの分野で注目されていますが、水素を扱う部材に、ステンレス鋼を使用する場合、水素脆性についての知識や適切な材料選定が必要となります。
川上鉄工所では、水素耐性が高く、強度の高いステンレス鍛造をご提案できます。以下からお問い合わせをお願いいたします。