チタンはどんなときに錆びるのか?-チタンが錆びる原因と科学的メカニズム

1. チタンは本当に錆びないのか?

チタンは「錆びにくい金属」として多くの現場で高く評価されています。軽量で強度があり、海水・汗・薬品などにも耐える性質から、航空機や医療機器、海洋構造物、日用品にまで幅広く使われています。

では、「チタンは本当に錆びないのか?」という問いにどう答えるべきでしょうか?

答えは「通常の環境では錆びにくい。しかし、条件が揃えば腐食する可能性もある。」

この記事では、チタンが錆びにくい理由と腐食の起こる環境、そしてその科学的メカニズムについて、専門的な視点と分かりやすい例を交えて解説します。

2. なぜチタンは錆びないのか?─不動態酸化膜という「透明な防弾ガラス」がある

チタンは空気中や水中の酸素と触れると、表面に非常に薄くて強靭な酸化チタン(TiO₂)膜を瞬時に形成します。この酸化被膜を「不動態酸化膜(passive film)」と言います。

この「不動態酸化膜」の特性は次の3点です。

(1)非常に薄くても緻密で、外部の水分・酸素・塩分を通さない。
(2)電気絶縁性が高く、電子の移動を阻害することで電気化学的腐食を防ぐ。
(3)自己修復性があり、傷がついても酸素があれば再び形成される。

この不動態酸化膜は、喩えるなら、チタン表面を覆う「透明な防弾ガラス」のようなものです。とても薄いですが、強靭で、腐食因子から内部の金属をしっかり守ってくれます。しかもこのガラスは自己修復能力を持ち、傷ついてもすぐに再生されるのです。

チタン以外にも、ステンレス鋼には不働態酸化膜があります。また、アルミニウムには酸化被膜があります。アルミニウムの酸化被膜、ステンレス鋼の不働態酸化膜、チタンの酸化膜の性質と塩化物への耐性は下表の通りです。

【金属別の酸化皮膜・不動酸化膜の比較】

金属 酸化皮膜の性質 塩化物への耐性
アルミニウム 薄いが脆く、酸や塩分により破壊されやすい △:白錆が出やすい
ステンレス鋼 クロムによる皮膜で一定の保護が可能 ○:ただし孔食や応力腐食あり
チタン 非常に緻密・安定・再生能力が高い ◎:海水や汗でも安定

3. どんなときにチタンは錆びるのか?─腐食が起きる6つの条件

チタンの耐食性は非常に高いですが、特定の環境や条件が揃うと腐食する可能性があります。主な腐食環境と原因として、以下に代表的な6つのケースを挙げます。

【主な腐食環境と原因】

NO 腐食環境・原因 腐食の仕組みと注意点 代表的な発生分野
1 非酸化性酸(塩酸・硫酸など) 酸化皮膜が形成されにくく腐食が進行しやすい 化学プラントの酸処理槽、表面処理工場のエッチングライン、電池製造の電解液接触部
2 フッ化水素酸(半導体洗浄など) 酸化皮膜を直接破壊する強力な腐食剤 半導体製造のウエハー洗浄工程、ガラスエッチングの加工タンク、フッ素化学工場の反応容器
3 隙間腐食・孔食(海水・湿気・塩素環境+隙間) 酸素不足による皮膜の再生不全と局所腐食 海洋構造物の接合部、船舶のプロペラシャフト周辺、熱交換器のチューブシート接合部
4 応力腐食割れ(応力+腐食環境) 化学反応+機械応力によって亀裂が発生 航空機の着陸装置部品、化学プラントの高圧配管、高級自転車のチタンフレーム接合部
5 鉄による汚染(工具や溶接時の鉄成分混入) 電位差で局部的な腐食が起こる(ガルバニック腐食) 精密加工の工具接触面、溶接・接合部の熱影響部、複合材製造の異種金属接触部
6 生体内の特殊環境(微生物+酸欠) バイオフィルムにより酸化皮膜形成が阻害される可能性 整形外科の骨固定インプラント、歯科治療で使用されるチタン製のネジ、埋込型医療機器の筐体

【局所的な腐食の原因となる濃淡電池現象】

✅ 豆知識補足

💡 濃淡電池とは?
「濃淡電池」とは、同じ金属が異なる濃度の溶液に接しているときに自然に生じる電位差のこと。酸素や塩分の濃度が異なる部分で電子の流れが生まれ、電池のように電気が流れます。

濃淡電池は、日常でいえば「異なる環境が接する境界面で起こる化学反応」のようなものです。例えば、海水に浸かった部分と空気に触れている部分の境界で、チタンはまるで小さな電池のように振る舞い、電子のやり取りが起こることで腐食が進行します。

  • 酸素が豊富な場所(外気) → 電子を受け取る → 陰極
  • 酸素が少ない場所(隙間の奥) → 電子を失う → 陽極(腐食が進む)

このような電位差が局所的な腐食(隙間腐食や孔食)を引き起こします。

4. 川上鉄工所の技術優位性─チタン鍛造の信頼と実績

川上鉄工所は、鉄・ステンレス・チタンなど多様な材料に対応した熱間鍛造の専門メーカーです。特にチタンは高強度・軽量という優れた特性を持つ一方で、加工が非常に難しい金属として知られています。

当社では、Ti-6Al-4Vの鍛造実績があり、耐食性と信頼性が求められる分野での部品製造を多数手がけています。

熱間鍛造が持つ3つの利点

  • 最終形状に近づけることで、切削時間を短縮できる
  • 材料内部の金属組織を整え、製品形状に沿った鍛流線(メタルフロー)を実現できる
  • 金型の内製化による適切な鍛造方案を立案できる

さらに、川上鉄工所では鉄系材料での水素環境下の耐食性評価なども行っており、材料と腐食の関係性に対する技術的な理解が深いことが特徴です。(関連記事 →  鍛造プロセスの違いによってステンレス鋼の耐食性の影響:耐食性調査概要

長年培ったノウハウと実績で、チタンの鍛造品をご提供致します。

関連記事 : 64チタン(Ti-6Al-4V)の鍛造品紹介

関連記事 : チタンの特性とは?チタン鍛造の特徴について

5. 用語解説:チタンの陽極酸化法

陽極酸化処理とは、チタン表面に酸化皮膜(TiO₂)を人工的に形成・厚化させることで、美しい構造色(干渉色)と高い耐食性を同時に付与する表面処理技術で、機能と外観の両立が求められる用途に広く使われています。基本原理:光の干渉による発色で、チタン表面の酸化皮膜の厚さを精密に制御すると、光の反射・干渉作用によりさまざまな色が現れます。

この発色は塗料ではなく、膜厚そのものによる現象のため、色あせや剥がれがないという特長があります。

陽極酸化法の原理と効果

項目 内容
基本原理 チタン表面のTiO₂系酸化皮膜を人工的に制御して厚くする技術
発色メカニズム 酸化皮膜表面の反射光と内部反射光の干渉作用による
特徴 豊富な色調(10種類の基本有彩色)、高い彩度、容易な制御性

主な陽極酸化法の処理方法と特徴

処理方法 特徴
直流電解法 電解電圧に応じて色調が変化。硫酸やリン酸などの電解液を使用。膜厚が一定になると電流が停止し、安定した色調が得られる
交流電解法 チタンを両極に使用し、同時に両面を着色可能。設備費が抑えられ、量産に適する
厚膜陽極酸化法 ミクロンオーダーの多孔質皮膜を形成し、金属酸化物によって着色。光の干渉を使わず黒・白なども可能。耐摩耗性も高い

電圧と発色の関係(リン酸溶液の場合)

電解電圧(目安) 発色
10〜20V 黄金色〜褐色
約30V 青色
約90V 緑色
約110V 桃色

※電解液の種類により若干の違いがあります。

課題と解決策

課題 対応策
白・黒の色が出ない 厚膜陽極酸化法により可能
指紋や皮脂が付きやすい 耐指紋コーティングの併用
耐摩耗性がやや低い 厚膜による皮膜強化で対応可能

💡 厚膜陽極酸化法とは?

厚膜陽極酸化法とは、金属の表面に厚みのある保護膜(酸化皮膜)をつくる処理方法です。
電気の力を使って金属の表面を人工的に酸化させることで、さびにくさ(耐食性)や削れにくさ(耐摩耗性)を高めます。
「厚膜」とはその名の通り通常より厚い酸化膜のことで、数倍〜十数倍の厚さがあり、過酷な環境でも金属をしっかり守ってくれるという特長があります。

耐食性の評価(CASS試験比較)

材料 孔食発生までの時間
カラーチタン 2,000時間以上(孔食なし)
カラーアルミニウム 数時間で孔食発生
カラーステンレス鋼 約500時間以内に孔食

出典:チタンの基礎と応用

 

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6. よくある質問(FAQ)

Q1: チタンは完全に錆びない金属ですか?

いいえ、完全に錆びないわけではありません。チタンは通常の環境では非常に耐食性が高いですが、特定の条件(強酸環境、フッ素含有物質との接触、隙間状態での長期間の塩素環境など)では腐食することがあります。しかし日常生活や多くの産業用途では、優れた耐食性を発揮します。

Q2: チタンの不動態酸化膜はどのように形成されるのですか?

チタンが空気や水中の酸素と接触すると、表面に自然に酸化チタン(TiO₂)の膜が瞬時に形成されます。この膜は非常に薄く(数ナノメートル)ですが、緻密で強靭であり、内部の金属を保護します。この膜は傷がついても、酸素がある環境では自己修復する特性があります。

Q3: チタン製品が変色した場合、それは腐食の兆候ですか?

必ずしも腐食の兆候ではありません。チタンの表面に形成される酸化膜の厚さにより、干渉色と呼ばれる虹色や青、紫などの色が現れることがあります。これは腐食ではなく、光の干渉現象によるものです。ただし、茶色や黒色の斑点が現れた場合は、異物付着や局所的な腐食の可能性があるため、専門家に相談することをお勧めします。

Q4: チタン製品を長持ちさせるためのメンテナンス方法は?

  • フッ素含有製品を避ける:歯磨き粉、フッ素洗口液、一部の家庭用洗剤などに含まれるフッ素化合物はチタンの酸化膜を直接溶解するため、特に注意が必要です
  • 鉄汚染に注意する:鉄製ブラシや工具でのクリーニングを避け、鉄粉が付着した場合は速やかに除去してください(ガルバニック腐食の原因になります)
  • 塩素環境での使用後は十分に洗浄:プールや海水環境で使用した後は、真水でよく洗い流し、特に接合部や隙間に塩分が残らないようにしてください
  • 陽極酸化処理(カラーチタン)の場合:研磨剤入りクリーナーは色調を損なう可能性があるため使用を避けてください
  • 高温環境(500℃以上)への長時間暴露を避ける:高温により酸化膜の性質が変化し、保護性が低下することがあります

Q5: チタンと他の金属(アルミニウム、ステンレス)の耐食性の違いは何ですか?

チタンは通常、アルミニウムやステンレス鋼より優れた耐食性を持ちます。アルミニウムの酸化皮膜は脆く、酸や塩分で破壊されやすい特性があります。ステンレス鋼は一定の耐食性がありますが、塩化物環境では孔食や応力腐食割れを起こすことがあります。チタンは海水環境でも安定しており、最も厳しい環境でも優れた耐食性を発揮します。

Q6: チタンの陽極酸化処理とは何ですか?また、どのような用途に使われますか?

チタンの陽極酸化処理は、電解液中でチタンに電圧をかけることで、表面の酸化膜を人工的に厚くする表面処理技術です。これにより、耐食性の向上と同時に、光の干渉作用で様々な発色が可能になります。この技術は高級腕時計のケース、眼鏡フレーム、自転車部品、医療機器、ジュエリーなど、機能性と美観の両立が求められる製品に使われています。

Q7: チタンはどのような産業で主に使用されていますか?

チタンは以下のような産業で広く使用されています:

  • 航空宇宙産業(航空機のエンジン部品、機体構造材)
  • 医療産業(インプラント、外科器具、歯科材料)
  • 化学プラント(反応槽、熱交換器、配管)
  • 海洋産業(船舶部品、海水淡水化設備、海洋構造物)
  • スポーツ・レジャー用品(ゴルフクラブ、自転車フレーム、時計ケース)
  • 自動車産業(エンジンバルブ、排気系部品、サスペンション)

Q8: チタンの鍛造加工が難しいのはなぜですか?

チタンの鍛造が難しい理由は主に以下の特性によります:

  • 高い変形抵抗(硬さと強度)
  • 低い熱伝導率(局所的に材料温度が上昇しやすい)
  • 高温での活性(酸素や窒素と反応しやすい)
  • 金型への負担が大きい(金型との接触部分が急冷されて割れの原因になることも)

これらの特性により、加熱温度の精密な管理が必要となります。チタン合金は加熱温度が高すぎると目的とする組織が得られず、低すぎると変形抵抗の上昇を招くため、鍛造可能温度領域が制限されています。チタン合金の鍛造には金属学的知識と豊富な経験が求められます。

Q9: ガルバニック腐食とは何ですか?チタンとどう関係しますか?

ガルバニック腐食とは、異なる種類の金属が水や湿気の中で接触したときに起こる腐食現象です。これは金属間の電位差による「電気化学的反応」で、より電位の低い金属が優先的に腐食します。

これは先に説明した「濃淡電池」とは異なり、濃淡電池が同じ金属の環境差で起こるのに対し、ガルバニック腐食は金属の種類自体の違いによって発生します。

身近な例では、鉄製のネジをアルミニウム板に取り付けると、湿気があるとアルミニウムが優先的に腐食するのはこの現象です。

チタンの場合、多くの金属より電位が高い金属なので、鉄やアルミニウムなどと接触すると、相手の金属が腐食します。しかし、チタン製品に鉄粉が付着した場合、特定の条件下では局所的な電気化学セルが形成され、チタン自体が腐食することもあります。

 

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記事を書いた人:川上 朋弘

(株)川上鉄工所 代表取締役

2007年(株)川上鉄工所入社、2022年代表取締役就任。
金型設計の奥深さに魅せられ、鍛造現場の職人たちの卓越した技術に感銘を受ける。
「アイディアを形にする鍛造の魅力」をより多くの人に伝えたいという想いから、情報発信を続けている。

保有資格:1級一般熱処理技能士